21世紀の国際社会では高等教育の無償化が当然のこととしてそのための条約も作られています。この条約加盟150余の国々では国会批准を行っていなのは3カ国のみで、その一国が日本です。
教育費全体でもGNPに対する割合はOECD最低ですが高等教育に限れば国の出費は世界最低のグループに入ります。これがGDP世界第二位、先進国の実態です。
親の善意、愛に依存して、国に必要な人材の養成を国自身が負うことをしていないのです。少子化が進むのは保育が困難だからというだけではなく、大学までやる負担を親が負いきれないからです。
親の給料が上がらない時代に仕送りが減り、毎年多くの学生が経済的理由で退学し、アルバイトの必要のために、部活、サークルやボランティア活動を諦めています。部活を続けるスポーツ選手は食べ物をケチって靴や道具を買っています。就職してもサービス残業づけの毎日です。
このような若者がどうして国を愛し、老人世代の年金や医療費を払いたいと思うでしょうか?さまざまな活動に挑戦することで若者は自らの体力、精神力、コミュニケーション能力をはじめとする社会的能力を身に付けます。若者たちに青春を返さなければ良き日本人は育たないのです。
高等教育無償化条約の批准とこれに根ざした政策の実施、スポーツや文化活動、ボランティア活動への具体的支援、各競技団体の運営を選手本位、現場本位に切り替えること、サービス残業禁止、政治活動への支援等が必要です。
3生徒に先生を返そう
既に述べたように、教師が生徒と接することが減少するところでどのような教育改革もあり得ません。それどころか、政府が教師を縛り、時間を奪うことをやめさせることだけが唯一必要な改革です。世界水準からみて、日本の教師は優秀であり熱心です。
教師たちが力をふるえないのは。政府がその邪魔をしているからであり、教師たちもまた、生徒と十分接することができないことに苦しんでいます。
政府が本来業務以外のことをさせることを厳しく制限すべきです。現在小学生が放課後校庭で遊べないのは教師たちが書類仕事で子どもたちをみてやれないからです。
こうして都市で唯一手近で安全な遊び場所が使えなくなっています。
学校単位の通知表という制度が始まれば、教師たちは新たに膨大な書類作りにかり出されるため、ますます子どもたちが犠牲になります。
教育は子どもたち、若者たちのためのものであり、教育のために政治が働くのであって教育を政治的思惑でその道具としてはならない。
これが政治を志す一教師、教育事業家の信念です。